作家/ライター佐原 晃の作品製作ブログです。

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傭兵空母03 

傭兵空母〈天城〉最終巻-地には平和を-

の著者献本分が送られて来ました。

表紙は、遂に桑原一雄中尉の乗機

フォッケウルフTa152艦載型

ですね。

なんか一機、後に米軍機が飛んでますが、

ノースアメリカンP-51マスタングD型ラムジェット付き

だったりします(笑) 

しかもパイロットは、チャールズ・”チャック”・イェーガーだったりなんかしたりしちゃったりして。

というわけで、

うわーい、もうアマゾンで予約出来ちゃいますね。
BK1も予約可能です。
セブンアンドアイも予約可能です。

書店店頭は

10月26日の予定。

泣いても笑っても最終巻なので、よろしくお願いします!


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2月に行われた衛星まつり3に引き続き、今回も貴重なお話をうかがいに行って参りました。

とは言ってもねえ。

実は今回は、小野さんが半島生まれの日本人であった事もあって(朝鮮人という話じゃないよ、念のため)、

北朝鮮まつり

だったのですよ。というわけで、内容のほとんどが1995年に行われた小野さんの北朝鮮ツアー旅行記だったのです(それはそれで、面白かったんですけどねえ)。

というわけで、衛星の話はほとんどやっていないんですが、この話の導入部に持ってきていたのが

テポドン1号と光明星(カンミョンジョン)1号の話

でした。

実はさはらは、件のテポドン1号事件があった当時、あれをミサイルではなく衛星打ち上げとして捉えていた内の一人だったので、今回衛星の専門家である小野さんの結論が、

テポドン1号は北朝鮮の衛星打ち上げ失敗

であると言うことを聞けて非常に嬉しかったです。

それと今回の衛星の話は、情報収集衛星(IGS)の話をさわりだけ。どちらにしろ、仮称「迅雷計画」4人工衛星も造る話なので、いろいろと参考になりました。

なお、小野さんの北朝鮮旅行記の話はあえて書きません。

「迅雷計画」対ドイツ戦となる4巻5巻まで書かせてもらえれば、確実に人工衛星の話になるということで、昨日の雪天の中を新宿ロフトプラスワンで行われたロケットまつり外伝衛星まつり3を見に行って参りました。
語り部は、NECから黎明期のNASDAに出向された小野英男さん日本で一番多く人工衛星を設計された方です。聞き手は宇宙作家クラブ浅利義遠さん松浦晋也さん笹本祐一さん
主な設計衛星NASDA初の技術試験衛星ETS-I(きく1号)気象衛星ひまわり(1号衛星)海洋観測衛星もも1号です。
人工衛星「星」と呼び、人工衛星を打ち上げることを「星を上げる」とかっこよく言い放つ、気骨のある技術屋さんでありました。

1972年~1975年までの3年間で、NASDA最初の人工衛星となった技術試験衛星ETS-Iを開発された当時の貴重なお話を聞くことが出来ました。

以下は、オイラの取材メモあくまで個人用の防備録なので、あまり他人に読ませる気のない書き方になっています。もっとアフターレポートっぽく書けばよかったんですけどねえ。

・ きく1号はたんせい1号そっくり
(東大航研で成功した実績を踏まえ、苦渋の選択で同様の衛星をNECに発注。結果的に日本発の量産衛星となっていた)
・ 衛星は円筒形の方が造りやすい
(縦方向に寸法のマージンが取れる。たんせいやきくのような多面体の設計はマージンが取れない。大学教授のシュミの世界)
・ きく1号の強度試験モデルをNASDAは振動試験で2台破損させた
(振動試験が確立されていなかった時代。振動試験機の操作ミスか? 過大な振動試験による破損を2度繰り返す。それ以後、NASDAはメーカーに試験器材を貸与する体制となった)
・ 磁気モーメントの試験を実施するために衛星をチェーンで吊り下げて実測
(大洗海岸・平磯)。約80kgの衛星本体がチェーンに吊られて実測)。
・ 30項目以上ある衛星の各種試験を実施するために、横浜、小平、つくば、平磯(大洗海岸)間を移動の連続。逆転の発想で衛星試験専用トレーラーを開発し、移動しながらも試験を実施
(試験器材がブレーキが滑る。今なら車検が通らないほどの過加重。一人の技術者が、専属ドライバーを引き受けた)。
・ 通信アンテナ(19m、ベリリウムカッパー製)展張試験でトラブル
(アンテナ収納時に途中停止。衛星本体と大地の間に静電容量が発生。トランジスタに2.0kVの過大電圧。1.0MΩの抵抗を追加してトラブル回避)
・ 米国の高信頼性部品は信頼できなかった
(輸入してみたら不具合品。仲介業者は放置状態。不具合交換には米国メーカーとの直接折衝。交換部品の導入には新規予算が要求される。NECが多めに発注した部品を全数検査し、よりすぐった良品を使用)
・ きく1号は完成した。だがN-Ⅰロケットと種子島射場が完成していない!
(NASDAは納期遅れに高額の違約金を貸していた。だが当時のNASDAには衛星の保管施設がない。NASAで新たに導入された完成後検査を導入し、納期延長をカバー。大蔵省から新たな予算獲得に成功)
・ 完成した衛星は、自己診断試験とバッテリーの補充電をしていればあとはヒマ
(種子島でのソフトボールと化石探し、観光の日々。ロケット技術者から不具合隠しを疑われる)
・ いざ、ロケットへの衛星実装。そこで不具合発生
(ロケットとの接合部にコンマ数ミリのすき間。アンビリカルコネクタの角度不具合。横浜での試験は異常なし。ロケット技術者と衛星技術者のプライドのせめぎあいも、夜の酒宴で解決)
・ N-Ⅰロケット発射の日
(衛星は地球を一周し、信号が帰って来て始めて成功となる)。
・ きく1号は極めて素性の良い衛星
(要求されたSPECにことごとく合格。温度耐性良好。3年使用後も機能の100パーセントを維持。地上局~衛星間のキャリブレーションに使用。7年間にもシステムは生きていたが、電波利用増加による混信が多発したためキルコマンドを送信して機能停止)

すいません。こういう話は実際行って聞いた方が断然面白いですから。

次回、衛星まつり4は6月7日(土)

航空技術研究所



昨日も書きましたが、調布の航空技術研究所に仮称「迅雷計画」2のための取材&ロケハンに行ってまいりました。
見学者の流れを考慮して、調布飛行場際の実験施設→航技研本施設→隣にある海技研の順番で見学しましたが、あまりにも敷地が広く、しかもこちらは見たい物がいっぱいあってその各々に時間が取られたので


こんなん、1日で全部見ようと思ってもムリ!


海技研なんか、1時間しか時間取れませんでしたよ……(T.T) 交通安全研究所と電子航法研究所なんて、見てる時間すらなかった(まあ、取材には関係ないんだけど)。


しかしまあ、H-ⅡAが事業として軌道に乗ったことや、中国の宇宙開発台頭などで、旧NASDA系の研究にはそれなりの予算が出ているんだけど、旧NAL系の技術研究の予算不足はかなり深刻。技術者の口ぶり聞いても、あんまり明るくないんだものなあ……。
実験施設の方は、一応必要な取材は出来たので良かった。アレも、操縦することが出来たしねえ。
本施設は、風洞三昧の一日という感じ。ゲッチンゲン風洞の本物をようやく見ました。しかし、大戦中の風洞は残ってないのねえ。
海技研は、400メートル水槽を見てる時間がほとんどなかったので(T.T)


まあでも、概ね必要な取材は出来たので良かったです。しかしまあ、3日続けて取材(金曜日には「迅雷計画」とはまったく別件の取材があったのです)ということになったので、ちょっともう体力の限界……(@_@)

H-Ⅱ



昨日は、科学技術週間に伴うJAXA筑波宇宙センターの公開日だったので、生まれて初めて筑波宇宙センターを訪問しました。「迅雷計画」などという大それたお話しを書いているにも関わらず、実はJAXA関連の施設には行ったことがなかったという……(^_^;
折しも、本物のH-Ⅱロケットをこの日から一般公開するということで、なんかもうそれりに大勢の方が来てらっしゃいました。潜在的に、日本人は宇宙開発に無関心というわけではないと思うのですけどねえ。
というわけで今回は、取材というよりロケハン。仮称「迅雷計画」2では、巻史郎が筑波宇宙センターと調布の航空技術研究所を訪れるシーンがある予定なので、丁度良い機会なのでおじゃましました。
というわけで、本日は航空技術研究所を訪問する予定。これも取材半分、ロケハン半分です。

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