作家/ライター佐原 晃の作品製作ブログです。

2008/0112345678910111213141516171819202122232425262728292008/03

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ようやく予定の目処が立ちました。

仮称「迅雷計画」3の発行は5月末の予定っ!

まだ正式タイトルは書きませんからねっ!

 というわけで本日から、出来ている分の加筆修正作業に着手します。

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「迅雷計画」対ドイツ戦となる4巻5巻まで書かせてもらえれば、確実に人工衛星の話になるということで、昨日の雪天の中を新宿ロフトプラスワンで行われたロケットまつり外伝衛星まつり3を見に行って参りました。
語り部は、NECから黎明期のNASDAに出向された小野英男さん日本で一番多く人工衛星を設計された方です。聞き手は宇宙作家クラブ浅利義遠さん松浦晋也さん笹本祐一さん
主な設計衛星NASDA初の技術試験衛星ETS-I(きく1号)気象衛星ひまわり(1号衛星)海洋観測衛星もも1号です。
人工衛星「星」と呼び、人工衛星を打ち上げることを「星を上げる」とかっこよく言い放つ、気骨のある技術屋さんでありました。

1972年~1975年までの3年間で、NASDA最初の人工衛星となった技術試験衛星ETS-Iを開発された当時の貴重なお話を聞くことが出来ました。

以下は、オイラの取材メモあくまで個人用の防備録なので、あまり他人に読ませる気のない書き方になっています。もっとアフターレポートっぽく書けばよかったんですけどねえ。

・ きく1号はたんせい1号そっくり
(東大航研で成功した実績を踏まえ、苦渋の選択で同様の衛星をNECに発注。結果的に日本発の量産衛星となっていた)
・ 衛星は円筒形の方が造りやすい
(縦方向に寸法のマージンが取れる。たんせいやきくのような多面体の設計はマージンが取れない。大学教授のシュミの世界)
・ きく1号の強度試験モデルをNASDAは振動試験で2台破損させた
(振動試験が確立されていなかった時代。振動試験機の操作ミスか? 過大な振動試験による破損を2度繰り返す。それ以後、NASDAはメーカーに試験器材を貸与する体制となった)
・ 磁気モーメントの試験を実施するために衛星をチェーンで吊り下げて実測
(大洗海岸・平磯)。約80kgの衛星本体がチェーンに吊られて実測)。
・ 30項目以上ある衛星の各種試験を実施するために、横浜、小平、つくば、平磯(大洗海岸)間を移動の連続。逆転の発想で衛星試験専用トレーラーを開発し、移動しながらも試験を実施
(試験器材がブレーキが滑る。今なら車検が通らないほどの過加重。一人の技術者が、専属ドライバーを引き受けた)。
・ 通信アンテナ(19m、ベリリウムカッパー製)展張試験でトラブル
(アンテナ収納時に途中停止。衛星本体と大地の間に静電容量が発生。トランジスタに2.0kVの過大電圧。1.0MΩの抵抗を追加してトラブル回避)
・ 米国の高信頼性部品は信頼できなかった
(輸入してみたら不具合品。仲介業者は放置状態。不具合交換には米国メーカーとの直接折衝。交換部品の導入には新規予算が要求される。NECが多めに発注した部品を全数検査し、よりすぐった良品を使用)
・ きく1号は完成した。だがN-Ⅰロケットと種子島射場が完成していない!
(NASDAは納期遅れに高額の違約金を貸していた。だが当時のNASDAには衛星の保管施設がない。NASAで新たに導入された完成後検査を導入し、納期延長をカバー。大蔵省から新たな予算獲得に成功)
・ 完成した衛星は、自己診断試験とバッテリーの補充電をしていればあとはヒマ
(種子島でのソフトボールと化石探し、観光の日々。ロケット技術者から不具合隠しを疑われる)
・ いざ、ロケットへの衛星実装。そこで不具合発生
(ロケットとの接合部にコンマ数ミリのすき間。アンビリカルコネクタの角度不具合。横浜での試験は異常なし。ロケット技術者と衛星技術者のプライドのせめぎあいも、夜の酒宴で解決)
・ N-Ⅰロケット発射の日
(衛星は地球を一周し、信号が帰って来て始めて成功となる)。
・ きく1号は極めて素性の良い衛星
(要求されたSPECにことごとく合格。温度耐性良好。3年使用後も機能の100パーセントを維持。地上局~衛星間のキャリブレーションに使用。7年間にもシステムは生きていたが、電波利用増加による混信が多発したためキルコマンドを送信して機能停止)

すいません。こういう話は実際行って聞いた方が断然面白いですから。

次回、衛星まつり4は6月7日(土)

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